※これはインスタグラムの投稿の再掲載になります。2019年1月の出来事です。妊婦さんはストレスに感じる内容になるので注意してください。
退院の日は朝6時には起きた。
しばらくすると看護師さんが来て
「今日の診察は9時からになります。」
と言った。
「昨日7時半か8時半と聞いていたので、9時半に火葬を予約したのですが。」
と伝えると先生に相談してみるということで看護師さんは出て行く。
結局8時半に診てもらえることになったが、説明をいれても10分くらいで終わった。
終わるとすぐに荷物を持って退院する。
院長先生が
「また笑顔で会いましょう。」
と言ってくれたけど
(前も同じこと言ったんだよ?先生は覚えてる?流産した人にはみんなに行ってるんじゃないの?)
とひねくれた考えが出てきた。
2回同じ病院で後期流産したことや、以前の検査や状態を把握せず、定型的な説明だったことに不信感がでていたのか、先生が言う言葉が形だけのような感じがした。
でも
(毎日たくさんの妊婦さんや患者さんを診ているから仕方ないんだよ。全部を把握するなんて無理でしょ?)
(自分の体が悪いんだから病院や先生を悪く言うのはお門違いだよ。)
(先生だってそう言うしかないじゃない。)
と自分を納得させて
「ありがとうございました。」
と伝え病院を出た。
先生を責めようとしてしまう黒い自分が嫌になった。
火葬場への移動中、外にはやっぱり日常があって、自分だけ置いていかれているような気がした。
今回はお坊さんとの時間があわず、火葬だけすることになった。
火葬の時はできないけど、納骨の時はお経を頼んでみようと夫と話した。
火葬場には早めに着いた。
義父にも来てもらい、私、夫、母、義父と4人で見送る。
手続きの間、いよいよ赤ちゃんの体が空に行くのかと思ったら涙が出てくる。
火葬の炉は右から2番目の炉だった。
慈光ちゃんと同じ一番左の炉が良かったが、選べるはずもない。
小さな箱が炉に入って扉が閉まる。
合掌しながら慈光ちゃんに迎えに来てねって頼んだ。
夫が促されて点火ボタンを押す。
骨が少しでも残りますようにと願って終わるのを待った。
点火して1時間もせずに係りの人から呼ばれた。
緊張しながら骨を確認する。
そこには1cmにも満たない骨が何個かあった。
嬉しくてつい笑顔になる。
家族で「こんなに小さかったのに、骨はしっかりあるんだね。」と話をした。
箸で掴めるほどではなかったが、ほうきで集め、用意していた骨壷に入れた。
まさか半年前と同じように子どもを失うとは思っていなかった。
小さな骨壷を抱いて家に帰った。
以上で記録は終わりです。
下記はインスタグラムにこの投稿をした後に添付したものになります。
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