2度目の死産(14) 「今後について」

 

※これはインスタグラムの投稿の再掲載になります。2019年1月の出来事です。妊婦さんはストレスに感じる内容になるので注意してください。

 

 

看護師さんが箱を持っていき、本当に最後のお別れをして、また家族だけ残った。

 

そういえば20週で産まれた慈光ちゃんの時はへその緒をもらうことができたが、今回は小さいからかへその緒を貰うことはなかった。

 

その後は火葬の手続きをとるために夫に市役所に行ってもらう。

昼の火葬はなかなか時間があいておらず、朝早くの時間しかあいてなかった。

明日の退院前の診察が7時半か8時半と聞いたので9時半に予約を入れた。

 

夫がいない時に母には「またしばらく実家に帰ってお世話になっていい?」と聞いた。

母は「(夫)さんがいいって言うなら、うちはいいから来なさい。いつまででもいていいよ。」と言ってくれた。

本当は夫婦協力して乗り越えた方がいいのだろうけど、前回のことを考えると甘えられる時は実家に甘えようと思った。

 

 

しばらくして夫が帰ってきて3人で昼ご飯を食べた。

 

 

午後からは母が少し散歩に出て夫婦だけになった。

「薬も使わないで出てきてくれたのは、苦しむのを少なくしてくれたのかな。」

って夫は言った。

赤ちゃんの大きさが小さかったのもあるが、確かに陣痛が自然にきた今回の出産の方が体の辛さはなかった。

 

後は退院後は1週間ほど実家に帰ることを伝えた。

夫は賛成した。

 

そして「私…仕事を辞めようと思う。」とも伝えた。

夫は一瞬何か考えたようだが、「…いいと思う。」と言ってくれた。

具体的な話は何もしなかった。

まだ頭の中もすっきりしないので、考えはまとまらず、とりあえず産休の間は時間があるのでその間に考えることにした。

まずは不育症の詳しい検査をしていこうという話をした。

 

 

 

その晩は夫も母も早く帰った。

お腹の中にもう赤ちゃんがいないのだと思うと、昨日までの穏やかな気持ちはなくなり寂しい気持ちが強くなって泣いた。

 

大泣きはしなかったが、昨日まで穏やかにいれたのは赤ちゃんのおかげだったんだと思った。

自分が赤ちゃんを支えているつもりが、逆に支えられていたのだと感じた。

やっぱりお腹にいてほしかったし、元気に産んであげたかった。

こんな現実から逃げたいと思った。

でも、この子たちがいたことをなかったことにはしたくないとも思う。

現実逃避しようとするなんて、なんて弱いんだと呆れて笑った。

 

体は疲れていたのか、日をまたぐ頃にはいつの間にか眠っていた。

 

 

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